2007-07-23

かすむ医療制度改革

(8)かすむ医療制度改革

主なOECD加盟国の対GDP医療費

 1人あたりの老人医療費が全国一低く、平均寿命は首位。地域医療の実績は「神話」とも呼ばれる長野県。ある中核病院の院長が「県内ほぼ全域で医療崩壊は進んでいる」と明かす。近隣の病院が医師不足で閉鎖などに追い込まれ、急速に負担が増してきたという。

 2004年に始まった新医師臨床研修制度は、大学からの医師派遣に頼る地域医療を急速に壊し始めた。出産できる病院がない、小児夜間救急の受け入れ先がないなど、地方の医師不足の実態は深刻だ。

 厚生労働省は、「医師総数は不足していない。一部に偏在があるだけ」と主張、医学部定員抑制策を変えようとしなかったが昨夏、10県の大学医学部 の定員増が決まった。背景には、地方に配慮しなければ参院選は戦えないと考えた与党の力が働いたといわれる。結果的に10県のうち6県は、選挙のかぎを握 る1人区だった。

 去る5月末、政府・与党は、医師不足地域への緊急医師確保対策を決定。6月には不足の深刻な5県に第1陣の医師派遣が内定した。この迅速な対応に も1人区対策がうかがえる。各党も一斉に、公約に医師不足対策を掲げ、医療が選挙の争点になる期待感が医療関係者を包んだ。そこに年金記録漏れ問題が浮 上、医療はにわかにかすんでしまった。

 全国自治体病院協議会副会長の、邉見(へんみ)公雄・兵庫県赤穂市民病院長は、「医療費抑制策が医療現場と医療人をどれほど荒廃させたことか。国民に問う絶好の機会だったのに」と悔やむ。

 同協議会の06年度決算見込み調査(回収率53%)では赤字の病院が、対前年度12ポイント増の74%。患者の医療費不払いも増えており、厚労省は6月、医療機関の未収金問題に関する検討会を設置。総務省も近く公立病院改革有識者懇談会を設けて改善策を探る。

 1961年に発足した国民皆保険制度は、日本を世界一医療の受けやすい国にした。世界保健機関(WHO)は2000年、日本の保険医療水準を世界 一と位置づけ、米クリントン政権も日本にならった保険医療改革を目指した。だが、国民にその実感はない。病院・診療所間の連携・分担不足や病床数過剰など が、医療の質と効率を下げ、安全さえ揺るがしている。

 急速な人口高齢化による医療費膨張に、財政当局の懸念は深く、小泉政権は、医療側、国民両者に痛みを伴う医療費抑制策を断行した。特に、度重なる 診療報酬マイナス改定は、高度医療を担う病院の医療現場を直撃した。厚労省は、内臓脂肪(メタボリック)症候群対策、後発医薬品優先使用などの戦略を掲げ るが、医療費削減だけに躍起になっているようにみえる。

 実は、日本の総医療費は主要7か国中最低水準だ。英ブレア前政権は国民の不満を追い風に医療再建に巨額を投じて04年、日本に最下位を譲った。メルケル独首相は05年、社会保障水準維持のために消費税を16%から19%に引き上げることを掲げて選出された。

 翻って日本は――。高度技術も安全管理も、良質な医療はすべて対価を伴う。しかし、各党の公約に負担を明言したものはない。(編集委員 南 砂)

http://www.yomiuri.co.jp/election/sangiin2007/feature/0014/fe_014_070722_01.htm

2007年7月22日 読売新聞)

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